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2012年11月 7日 (水)

古事記のうんちく(1) … 産経新聞より

日本が日本であることの象徴は、天皇である。

天皇の存在があってこそ、日本が存在するのである。

 

 

『みなぎる国づくりの決意』

1300年前の温故知新

「この国のゆるぎない歴史を記さなければならない。」
古事記には、天皇を頂点とする中央集権国家を目指した
天武天皇(在位673~686年)の思いが込められている。

中国にも引けを取らない国づくりには、法律と歴史が必要と考えた天武天皇。
古事記の序文には「国家の原理を示し、天皇政治の基本」と高らかに唱える。

本文では、
イザナギノミコトとイザナミノミコトが日本列島の島々を誕生させた国生み神話、
大国主命(おおくにぬしのみこと)による天照大神(あまてらすおおみかみ)への国譲り、
天から神々がくだる天孫降臨、初代天皇となる神武の東遷などを詳述。
「天武が古事記をまとめようとした根本には、天皇の血筋の尊さとともに
国の統治は天(天照大神)から委ねられたことを示す目的があった。」
と同志社女子大の寺川眞知夫特任教授(上代文学)は指摘する。

編纂(へんさん)作業は686年の天武天皇の死去で中断し、
712年に元明天皇が叔父・天武の国づくりの遺志を引き継いで完成させた。

日本書紀の記述が41代・持統天皇の譲位(697年)までなのに対し、
古事記は33代・推古天皇の死去(628年)で終わっている。
その理由について序文は
「いにしえのことを明らかにし、衰えた道徳を正さねばならない」
と説く。天武の時代の”いにしえ”は推古までだったのだろう。
1300年前、すでに「温故知新」の精神があった。

 

今年で1300年を迎えた古事記の基礎知識やエピソードを紹介する。
(編集員委員 小畑三秋)

 

      ~以上 産経新聞 「古事記のうんちく」より転載

 

 

三年ほど前、皇居に咲く梅の花を撮影するためにカメラを持って訪れた後、
大手町の駅で公務を終え、皇居に戻られる平成天皇両陛下に遭遇した。

TVでは何度も拝見しているが私のようなごく一般の庶民が
そのお姿を間近で拝見できたその栄誉と陛下の神々しさに
脱帽最敬礼でお車が過ぎ去るのをお見送りした。

我が人生で、最も栄誉ある瞬間であった。

大変な状況にある現在の日本であるが、
陛下のお力により、必ずや復活することを願うばかりである。

 

 

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