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旅行・地域

2013年3月11日 (月)

追悼

「東日本大震災」 から2年…

月日の移ろいは、早い…

未だ家族や友人を失った心の痛手から立ち直れないで過ごしている人たち…

故郷に帰りたくても帰れない人たち…

「復興」、「復興」 といっても遅々として進まず…

それでも前を向いて歩んでいかなければならない…

 

東北の皆さん、

まだまだ大変な時が続きますが、

どうか心折れることなく歩んでいきましょう。

 

亡くなられた方々のご冥福とともに、

行方不明の方々が一日も早く、家族の元に帰れますよう

お祈り申上げます。

 

 

どうか忘れないで下さい。

顔も知らない自分ですが、

同じ日本人として、心はいつも皆さんとともにあります。

 

 

2011年5月17日 (火)

義援金「世界最高額」の背景 台湾

東日本大震災にて亡くなられた方の

ご冥福をお祈りしますと共に、

被災された方、ご家族・ご関係者の方々に

心よりお見舞い申上げます。

1日も早く、復旧・復興しますよう、お祈り申上げます。

 

 

震災後、各国からの救援が駆けつけてくれました。

特に、アメリカの支援活動には心より感謝申上げます。confident

我々日本人が指をくわえている間に、

物資の空輸から、捜索活動、瓦礫の撤去など

わが国の自衛隊隊員たちと共に

全力を尽くしていただきました。

 

こんなにまでしてくれたお国に対して

わが国の上層部(政治家)たちは、

どのようにお礼を申上げたのでしょう?

「礼儀」を尽くしても

足りないくらいの活動をしてくださったのですから

言葉だけでは足りません。

 

 

物資面でも各国から様々なご支援をいただきました。

誠にありがたきことで、

こちらも心より感謝申上げます。confident

 

また、pcsoon義援金として、世界最高額を拠出していただいた

隣国の台湾の方々には、厚く御礼申上げます。confident

わが国の首相が大変ご無礼を仕ったようで

心よりお詫び申上げます。think

人の心の温かさを理解しない方なので

お腹立ちになることもあろうかと存じますが、

どうかご容赦願いたいと存じます。

 

 

『困った時はお互い様』 の精神は、

日本人的なものの考え方であると思っていましたが、

今回の震災において、

それは間違った考え方だということを痛感いたしました。

 

世界の皆様方から、

大きな恩をいただいたわけですから、

1日も早く、復活し、

いただいたご恩をお返ししなければなりません。

それまで、どうか見守り続けてください。

 

 

  

2011年5月 2日 (月)

災害対策とスーパー堤防の建設

震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りいたしますとともに、被災された方々、ご家族・ご関係者の方々に心よりお見舞い申し上げます。

1日も早く復旧・復興しますよう、ともに頑張っていきましょう!

頑張ろう、東北っ!

頑張ろう、日の出ずる国、日本っ!

Sunrise2009010112

 

昨日の記事でも述べたが、国の非常事態に緊張感のない政治家たちは新生日本には、全く必要ない。

自分たちがこれまで行ってきた政治活動において不足する財源、例えば震災復興のためのものや被災した方々の支援のために必要な財源を増税でカバーするようでは我々国民は大変困る。

個人的に直面している問題としては、上がらない給与(むしろ減給されている)に対し、子供手当が支給されているからという理由で所得税が値上げされているということだ。この上さらに増税されたのでは、どうやって生活していけというのだ? それこそ生活保護を受けたいくらいだ。

原発問題にしても、まだまだ先の見えない状況にある中、社長をはじめとする役員の報酬カット、社員の給与カットで保証金に充てようとしている。これに政治家たちの莫大な報酬(給与)のカットはないのだろうか?

この事態を引き起こした責任を取らず、自分たちは安穏とした暮らしを続け、国民にはこの難局をともに乗り越えましょうなどとうそぶいている。

こんなことが許されるのだろうか?

いつから日本人はこんなことを許せる国民になり下がったのか? このままでは、国のために散っていった先人たちに申し訳が立たぬ。 大和の祖先に申し訳が立たぬ。

他人事、無関心、ではいられないはずである。彼らのやっていることは、我が事として考えなければならぬ。いつまでも愚かな者たちに好きなようにされていてはならぬ。

このような悲劇を二度と繰り返さないために、まずしなければならないこと。

one 経済が疲弊しないよう、率先して消費活動に専念すべし。買いだめなどとんでもない話である。

two どんな災害が来ても耐えることのできる、防災対策計画を一刻も早く確立すること。石原都知事のおっしゃる「スーパー堤防計画」を即実行すべし。もちろん都市災害対策も各自治体で見直しし、再構築する必要がある。現行のものでは、また「想定外」で逃げられてしまう。

three 震災地の復旧・復興活動に対し、誰もがボランティア活動として参加できるような社会的システムを作ること。例えば、企業においては、月の休日の数日をその活動に充てられるように公休扱い(有給)とできるのもよいかもしれない。東北への支援は短期では終わらない。故に、長期に渡り支援できる体制を作ることが急務である。考え方としては、短期の徴兵制のようなスタイルでもよいのではないかと思う。

four 9.11米国のテロ事件で崩壊した世界貿易ビルの跡地に「グランドゼロ記念碑(?)」が作られたように、震災地で現状をそのまま保存した「津波ミュージアム」(津波の恐ろしさと、その悲惨さを後世に語り継ぐもの)を建設し、その入館料が復興の元となるようにする。

five 他国からの脅威、例えば、尖閣諸島をはじめとする領土問題に対する脅威を排除すべく」、自国防衛のシステムの改編を行うこと。(憲法解釈の改編)  また、いつの日か災害は再びとやってくることは間違いないので、先だって米国空母が支援に来てくれたように、自国でも救援活動が即時実行できるように、空母を数隻持つことも必要だと考える。

six 教育制度の見直し。戦後、我々が受けてきた詰め込み教育は、そもそも無意味である。国を敬い、天皇を敬い、老人を敬う。それが当たり前の国であったのが日本だ。特に、老人の経験や教えは、そのまた先のご先祖様から受け継いできたものも含まれる。それを我が糧とできるような教育制度作りを目指すべきである。もちろん、科学・技術の進歩に準じた教育も必要不可欠である。伝統の上に成り立った、新しい世界を作りゆく子どもたちを正しく導く教育制度を考えるべきである。

 

他にいくつもあるが、優先度の高いと考えられるものを挙げてみました。ご同意いただける方や、ご意見のある方もいらっしゃると思います。薄学な私の物言いだけでは、世を動かすことができません。より良い日本を再建するためにも、皆様、どうぞ、お気軽にコメントください。

2011年4月30日 (土)

黒い波…

日本大震災にて、

亡くなられた方々の

ご冥福をお祈りしますとともに、

被災された方々、

および、ご家族・ご関係者の方々に

心よりお見舞い申し上げます。

 

 

あれからすでに2ケ月近くが経とうとしている。

ユーチューブの記者が語っている目の前の出来事に、

今見ても鳥肌の立つ恐ろしさである。

また、まだ近くに救助を求める人が何人もいたにもかかわらず

手を差し伸べることができず、命を落としてしまった…

まさに非情の世界である。

 

逃げる間もなく、命を落としてしまった方も数多いであろう…

かろうじて生き残った人々には恐怖と絶望感、喪失感など

様々な感情に押しつぶされている。

 

このような方々がいらっしゃるにもかかわらず、

大変、不謹慎なことを申し上げるようであるが

どうかお許しを頂きたい。

 

特に、わが国においては、

地震と津波はセットで訪れることが多い。

今回の被災で亡くなった方のほとんどが

津波にのまれてしまったことにその原因があると聞く。


後世のためにも、

また世界への発信のためにも

「TSUNAMI・ミュージアム」

というものを建設し残してはどうか。

このような発想は、次の発展のために、

いわゆる東北の観光収入とするのも1つの方法である。

「負の遺産」ではあるが、ある地域で先人の教えとして

「地震がきたら、これより先の高台へ避難しろ」

という石碑があったように

なぜそうしなければならないのか、

また災害に遭わないための防災対策は、どうあるべきなのか、

その資料館としても大変に意義のあることだと思う。

(このアイディアの出所は、私が「師」と仰ぐ方のものである。)

 

Dst11040917260045p1

被災地では、今なおがれきがあちこちに散乱し、

腐敗臭が漂っている…

今の日本人の技術があれば、

この臭いそのものも、そこに残すことが可能なのではないか。

そうすればリアリズムをともなったミュージアムとして

世界各国から観光客が訪れるに違いない。

Dst11040917260045p2

   

 

かつて、日本国はあの戦争において、

主要都市はもちろんのこと、

国民全員を皆殺しにするために

米軍の落とした焼夷弾(ナパーム弾)によって

その国土は、焦土と化した。

さらに、追い打ちをかけるがごとく、

原子爆弾を2発も落とされた…

 

何十万という人々が亡くなり、

何もなくなった焼け野原…。

我が国「日本」は、そこからわずか10数年で

オリンピックを開催するほどの

大成長をとげた国である。

 

今回の震災は、

確かに大きな国難であることは間違のない事実である。

しかし、我々日本人は、日本人としての誇りを胸に

再び大いなる成長へと向かってゆかなければならない。

犠牲となってしまった人々のためにも

世界に冠たる新たな日本国の建設を

やり遂げなければならない。

 

 

 

 

2011年3月24日 (木)

石原都知事の4期目

「東北関東大震災」にて
被害に遭われた方々、そのご家族・関係者の方々に
心より、お見舞い申上げます。

また、震災・津波によって亡くなった方の
ご冥福をお祈り申上げます。

  
  

震災で大変な状況にある日本。
それでも時は刻まれています。

国内のあちこちで
選挙が実施されようとしているが、
とりわけ注目されるのが、
「東京都知事選」である。

ゆるぎない票を獲得し、
3期連続で都知事を務めていただいた
石原慎太郎氏だが、
やはり彼をおいて
他にふさわしいと思える人物はいない。

宮崎県知事だった
東国原さんもその器でないことは
一目瞭然である。
(失礼かもしれないが…)

その他の方々についても
お顔を拝見したところ
どうも「パッ」としない。

ハッキリ言えば、
安心してお任せできないのである。

日本の首都、「東京」を仕切るには
それなりの器量、度量が必要だ。
それだけの物を持っているかどうかである。

言葉は悪いが、
「石原氏の前に出てくるな!」
である。
「10歩どころか100歩、いや…
 1000歩以上下がって足跡も踏むな!」
である。

欲得で知事になろうとせず、
都民のため、
国のためと考えるようでなければ困るのだ。

もう少し、ご自身を分析されるよう
オススメしたい。

  
  

2010年2月 6日 (土)

国家100年の計は如何に!?

欧米諸国では、日本の文化や伝統に

興味を持つ人たちがたくさんいる。

所謂、親日派である。

   

その子供たちも同様に大変興味を示し、

日本語はもちろん

日本の文化や伝統などについても学ぼうとしている。

   

しかし、今や米国では予算を削られ、

教育の現場から日本語教育が外され

それが中国語や韓国語に

変わろうとしている。

   

この経緯を受け、

中国や韓国は自国の為に

支援体制を整えている。

   

このままでは、

日本のことを学びたいという

子供たちの夢が壊されてしまう。

彼らの為に、

大いなる支援が必要である。

将来、彼らが日本を支える時が来る。

   

日本も中国、韓国以上に

政府、企業が支援するべきである。

私利私欲に走っている場合ではない。

   

将来の日本の為に、

今すべきことを

きちんと見極めていただきたい。

   

 

   

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将来の日本の為に、応援クリックをお願いいたします  confident

2009年10月 8日 (木)

産経新聞より 「直葬~消える弔い~」

最初に

この soon 新聞記事を読んだ時、

愕然とした。

   

現代の人たちが

このような考えを持っでいることにだ。

   

   

   

昨年、

日本の映画 「おくりびと」

アカデミー賞に輝いたことで

改めて 「死」 について

きちんと考えることができる…

そう思っていた。

   

この世に生を受けた時、

父母はもちろん、

祖父母、

親戚の者、

従兄弟たち、

近所の人たち…

その人たちは皆、心から

「元気に生まれて良かったね~」

「健康に育つんだよ~」

お祝い をしてくれたと思う。

   

   

   

その後、

皆それぞれの人生を歩み、

ある時、

死を迎える。

   

すべては、

諸行無常の世界で

始まりがあれば、

終りが来る。

   

その終わりの時も

「これまで、ご苦労様でした。

無事旅立ってください。」

と送るのが

≪ お葬式 ≫

だと思っていた。

   

   

ところが、

「子供や周りの人に迷惑をかけたくない。」

という理由で葬儀を断る人がいるという。

   

経済的なものや

精神的な負担などというものが

あるようだ。

   

特に、

近隣との人間関係の薄い都心

その傾向が強いようである。

果たして、これでいいのだろうか?

   

   

   

   

   

私には、10~20代にかけ

「死んだらそれで終わり…?」

という疑問から

その手の本を読み漁った記憶がある。

   

結論から簡単に言うと

こちらの世界は、いわゆる

『 修行の場 』

であって、あちらの世界が

『 本当の世界 』

である。

   

つまり、

死んでも、

もう1つの世界があって

決して消えて無くなってしまう

わけではない

ということである。

   

「死後」

を信じない方には

受け入れがたい事実ではあるが

はっきり言うと

『 死んだらわかる 』

である。

このことは、

親も教えてくれなかったことである。

   

それ以来、

死に対する恐怖(=消えてなくなる)は、

無くなった。

   

すると

「より良く、生きるためには?」

という考えに変わってくる。

   

しかし、恥ずかしながら、

未だに試行錯誤と

自己否定の日々であるが…

   

   

   

   

話がそれたので元に戻す。

反れてほしいのは、

台風18号 だけにしておこう。

   

人は、死んだら終わり…

ではない。

したがって、

あちらの世界に旅立つには

生まれてきた時と同様、

それなりの儀式を行って送るのが

本筋だと思う。

   

さきほども、述べたが、

「これまでご苦労様でした。」

「無事旅立ってください。」

「また、いつか会いましょう。」

と生まれた時と同じように

送ってあげることを

また、送ってもらうことを

強くお勧めする。

   

それが、近親者だけでも良いと思う。

しばらくの間、つまり49日間は、

こちらとあちらの世界を

行ったり来たりと

意外と忙しい…らしい。

   

なぜ、49日なのか?

については、専門家ではないので

詳しく述べることができないが、

簡単に言うと

この世でついた垢を落とし、

きれいな体となって

あちらへ行くと言った方が

わかりやすいと思う。

   

残された者は、その間、

あちらへ行きやすいよう

手助けをしなければならない。

それが、 「供養」 と呼ばれるものである。

   

   

   

生まれてくる時も1人では無理であるし、

あちらへ行く時も1人では無理である。

   

時代が時代ではあるが、

≪直葬≫

などと寂しいことを言わず、

できるのであれば、

経済的にも

精神的にも

負担にならない程度の

≪お葬式≫

をするべきである。

   

   

   

   

   

じつは、この記事を書くのに

ずいぶんと時間を要した。

数日前から、

「何かが違う、何とかならないものか?」

と考えていた。

   

昨晩のTV番組

ベストハウス1・2・3の

スペシャル版の中の

「生きたい…幼い命が残した壮絶なメッセージ」

を見て書こうと決心した。

   

案ずるより産むがやすしである。

書き(?)始めると

割とすらすらと文章となってくる。

幼くして逝ってしまった子供たちの

冥福を祈るとともに

彼らの生き様が

この記事(=自分の思い)を

書かせてくれたことに

深く感謝したい。