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日常の出来事

2013年3月11日 (月)

追悼

「東日本大震災」 から2年…

月日の移ろいは、早い…

未だ家族や友人を失った心の痛手から立ち直れないで過ごしている人たち…

故郷に帰りたくても帰れない人たち…

「復興」、「復興」 といっても遅々として進まず…

それでも前を向いて歩んでいかなければならない…

 

東北の皆さん、

まだまだ大変な時が続きますが、

どうか心折れることなく歩んでいきましょう。

 

亡くなられた方々のご冥福とともに、

行方不明の方々が一日も早く、家族の元に帰れますよう

お祈り申上げます。

 

 

どうか忘れないで下さい。

顔も知らない自分ですが、

同じ日本人として、心はいつも皆さんとともにあります。

 

 

2012年12月19日 (水)

古事記のうんちく(7) … 産経新聞より

神がかりの櫛 神話を彩る「小道具」

 

最愛の妻、イザナミノミコトが忘れられず、黄泉の国まで会いに行ったイザナギノミコト。
頭に指していた櫛の歯を折ってろうそく代わりに火をともすと、
体中にウジがわいて変わり果てた妻の姿が浮かび上がった。
驚いたイザナギは逃げ出し、黄泉の国から追手を振り払おうと
櫛の歯を投げると、タケノコになった。
追手たちが食べている隙に逃げのびることができた。

死者が眠る禁断の世界、黄泉の国への出入りの際に
重要な役割を果たしたのが、櫛の歯だった。

イザナギの息子、スサノオノミコトによるヤマタノオロチ退治の伝説でも、
いけにえにされる運命だったクシナダヒメを櫛に変えて自らの頭にさすなど、
櫛は神話の要所で重要な小道具として登場する。

髪をとく櫛がなぜ? 答えは縄文時代にさかのぼりそうだ。
福井県若狭町の鳥浜貝塚では縄文前期(5千~6千年前)の赤い漆塗りの櫛が
出土するなど、櫛は古代から使われ、特別に装飾されたものが多かった。

「古代人は、いくら切っても永遠に伸びる髪を生命の象徴のように感じた。
髪を整える櫛にも神秘の力が宿ると信じ、装飾を施したのだろう」と話すのは、
縄文時代に詳しい大阪府教委の渡邊昌宏参事。
京都教育大の和田萃(あつむ)名誉教授(古代史)も「神話に櫛が登場するのは、
縄文時代からの信仰と結びついたからではないか」と指摘する。

櫛の歯が欠けると縁起が悪い-。現代でもこうした言い伝えがある。
百円ショップで手軽に買えるようになった櫛には、実は聖なる力が秘められていた。

(編集委員 小畑三秋)

 

以上、産経新聞より転載。

 

 

櫛を持って黄泉の国へ亡き妻を追って行くという話は
昔、父から聞かされたことがある。
ちょっとホラーな話だったのでとても怖かったのを覚えている。

また、ヤマタノオロチを退治する話もとても面白おかしく話してくれた。

このような神話を、子供心にとても興味深い思いで聞いていた。

同じ話を何度も繰り返し聞いていたので、
おおよそのストーリーは今でも覚えている。

現在では、このような神話を話してくれるような人がいなくなった。
寂しい限りである。

 

 

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2012年12月18日 (火)

東京都知事選と衆議院選

選挙から2日経った。

 

昨日、仕事場の仲間の何人かに選挙に行ったか聞いてみた。

理由は、ニュースで投票率が50%以下という事実を確かめたかったからだ。
まさか、そんなはずはないという思いがあった。

ところが、ニュースは事実を物語っていた。
実にショックであった。

選挙に行かなかった理由を聞くと・・・

Aさん : 今回は、様子見で。

Bさん : 誰に投票しても何も変わらないから、行っても無駄です。

これ以上、聞く気にはなれなかった。

 

今回の選挙はこれからの日本を決定ずける
重要なターニングポイントであったと思う。

この時点で一国民としての義務を
果たそうとしない人間がいることに驚いた。

結局このような人たちは時代の変化についていけないまま
人生を終わってしまうのであろう。

 

 

もっと驚いた人物がいた。
投票したけど全く意味を理解していなかったようである。

投票所にポスターが貼ってあると思ったそうで、
名前ではなく、顔で覚えていたとのこと。

結局どうしたかと言うと、名前と顔が一致しなかったので
名前の書いてある表を見て、一番右の人の名前を書いたそうだ。

所属する政党もわからず、名前もわからず、
適当に書いて投票したということになる。

投票しなかった人よりも、性質が悪い。

その票が、民意としての1票としてカウントされてしまったことになる。

よくよく聞くとこれまで選挙で投票したことがなく、
今回が初めてだったとのこと。最悪である。

 

このような人たちがどのくらいいるのであろうか?
真剣に考えて票を投じた人たちもいるのに
とんでもない話である。
AKBの人気投票ではないのだ。

 

 

 

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2012年11月28日 (水)

古事記のうんちく(4) … 産経新聞より

驚異の記憶力、稗田阿礼

 

新しい国づくりを目指した天武天皇が、古事記の原型となる国の成り立ちや
天皇の系譜を暗記させたのが、稗田阿礼(ひえだのあれ)だった。
舎人(とねり)という下級役人ながら、飛び抜けた記憶力と才能が見込まれ、
わずか28歳での大抜擢だった。

 ただし、阿礼の名は古事記の序文に見られるだけ。
「男性か女性かもわからないほど謎が多いが、
極めて優秀な若者だったことは間違いない。」
阿礼の出身地とされる奈良県大和郡山市稗田町の
賣太(めた)神社宮司、藤本保文さん(65)は話す。

編纂作業は686年の天武天皇の死で中断したが、
711年に天武の姪・元明天皇の指示で、
阿礼が読み上げたものを太安万侶(おおのやすまろ)が
聞き書きし、翌年完成した。

作業が25年間も中断し、正しく覚えていたのかと不安になるが、
阿礼について古事記は 「目に度(わた)れば口に誦(よ)み、
耳に降れば心にしるす」(一度目や耳にしたことは忘れなかった)
と驚異的な記憶力を記している。

「阿礼がいなかったら、古事記は完成しなかったでしょう。」
と藤本さん。
「古事記にたくさんの神様の名前が並ぶのは、古代の人たちが
神様を大切にしていた証し。先人の深い考えや生き方を学ぶことができる
貴重な書物を、阿礼は残してくれたんです」 と話す。

今の語り部や記憶力の神様と信じられ、賣太(めた)神社には
合格祈願などの参拝者が絶えない。
大和郡山市では毎年2月、阿礼にちなんで「記憶力日本選手権大会」
も開かれ、数字や短文の暗記力を競うため全国から200人以上が集まる。
(編集委員 小畑三秋)

                            以上、産経新聞より転載

 

 

最近は、ちょっとしたことでもすぐ忘れてしまうようになった。
年と言って片付けたくはない。
阿礼のような驚異的な記憶力とまでは言わないが、
少なくとも「あれ、何だっけ…?」ということだけはないようにしたい。

 

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2012年11月24日 (土)

古事記のうんちく(3) … 産経新聞より

偽物説を払拭  太安麻侶の墓誌

昭和54年1月、考古学者だけでなく、日本中を興奮させる発見があった。
奈良市此瀬(このせ)町の茶畑で農家の男性が鍬で土を掘り返すと
突然大量の木炭とともにぽっかりと開いた穴が現れた。

火葬した人骨とともに、細長い銅板(長さ29センチ、幅6センチ)も入っていた。
「勲五等太朝臣安萬侶(おおのあそんやすまろ)」。
銅板の土を取り除くと、古事記の編者として教科書でもおなじみの
奈良時代の官僚、太安万侶の名前など計41文字が刻まれていた。
「左京四条四坊」という当時の住所も記され、
安万侶の自宅が現在のJR奈良駅周辺にあったことが判明。
さらの養老7(723)年7月6日に亡くなったと記されていた。

「墓誌が見つかるまでは、古事記偽物説が盛んだった」と話すのは、
同志社女子大の寺川眞知夫特任教授。
戦前の皇国史観の反動もあり、古事記は平安時代ごろの作
とする研究者も多かったという。
偽物である根拠として、711年の元明天皇による古事記編纂再開記事が
当時の公式な歴史書「続日本紀」に記されていないことや、
文体も平安時代以降のものではないかなどと指摘された。
安万侶も架空の人物との説があったが、墓誌の発見によって、
古事記の信ぴょう性が一気に高まった。

安万侶の墓誌は国重要文化財になり、現在は奈良県立橿原考古学
研究所附属博物館(同県橿原市)で常設展示されている。
古事記編纂1300年にあたって銅板の科学分析が行われるなど
再び関心が高まっている。(編集委員 小畑三秋)

 

~以上、産経新聞より転載

 

何事も科学的根拠がないと信じないという輩は多いが
事実は事実として確かに存在するということがあるのだ。

もし、あなたがその末裔だとしたら…?
ロマンのある話である。

 

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2012年11月14日 (水)

女優の森光子さん、死去…

『映画、テレビ、舞台などで活躍されていた森光子さんが亡くなられました。』

 

 

このニュースを聞いた時は、本当にショックでした。

謹んで、ご冥福をお祈りいたします。

 

 

2012年4月17日 (火)

反論

実に、久しぶりの投稿です。

まずは、反論から…

昨年6月に、福島原発の事故について、

当時の西山審議官の報道に対する意見を述べた記事があった。

国の長もさることながら、その下の人間もかくありと批判したが、

それに対し、とんでもないコメントがついた。

以下が、その文面である。

西山も人の子。仕事とプライベートは別だろ。こいつは自分の職務は全うしていただろうに、逆にプライベートで更迭されるなんて可哀想と思わないか?そんな事もわからないで批判しているお前に大して、胸糞が悪くなるわ。

国家の一大事に女遊びをしているようでは困るのだが、これに対し、

「人の子」、「プライベート」をキーワードに是としてしまう考え方に大いなる疑問を持つ。

人の子なら何をしても許されるのか?

人の子だからこそ、過ちを正しながら生きてゆかなければならないのではないか?

パブリックであろうが、プライベートであろうが、

直面している危機=国の存亡がかかっている時期に

プライベートなどといっている方がおかしい。

「今、何とかしなければならない!」

という気概を感じないではないか。

コメントを入れた彼については、

戦後の「個人主義教育」の悪い見本とでもしておくか…

しかし、そんな生易しいことではない。

このような人物がいるから、今の日本が訳の分からない状態となっている。

えらそうだとか何とか言われようと、

なんとしてもこのようなことは正していかなければ、日本の未来はない。

2011年8月15日 (月)

終戦の日

祖国のために散っていった多くの英霊に対し、

深く感謝の意を表するとともに、

謹んでご冥福をお祈りいたします。

 

今の日本があるのは、あなた方のおかげです。

震災によって、再びと変わらんとする日本を

どうか、お守りください。

2011年6月29日 (水)

西山審議官を更迭…

東日本大震災にて、亡くなられた方々のご冥福をお祈りしますと共に

被災された方々、ご家族・ご関係者各位には、心よりお見舞い申上げます。

1日も早く、復旧・復興しますよう、一緒に頑張りましょう!

頑張ろう、東北! 頑張ろう、日本!

  

  

国が吹き飛ぶかもしれないような事態を解決するために必死になっているのかと思えば、

どこぞの女性と遊んでいたと言う事実にあきれてものが言えない。

  

謝罪では…

「仕事に身が入っていないのではないかとの誤解や懸念を与えたら申し訳ない。被災者の気持ちも考えながら、全力で職務にあたりたい」

などと言っているが、

下半身の核エネルギーに対し、上半身のコントロールルームが制御しきれず、

本能の赴くままに行動していたとしか思えない。

これで、被災者の気持ちも考えながら…だなんて嘘だ。

  

ま、国の長がアホだと、このあたりの人も似てくるのでしょうね。

まったくもって、情けないとしか言いようが無い…

こんなのが、国のエネルギーについて

四の五の言っていたと思うと、胸糞が悪くなる。

  

2011年6月21日 (火)

一定のめど…?

東日本大震災にて、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

また、被災された方、ご家族・ご関係者の方々に、心よりお見舞い申上げます。

私は、東北の方々の粘り強さに敬服いたします。

1日も早く、復旧・復興しますよう、一緒にがんばっていきましょう!!

頑張ろう、東北!

  

  

「頑張ろう、日本!」

と改めて言いたいのだが、

昨今の政治局面を見ていると、

指揮棒を好き勝手に振り回しているだけで好き勝手なことを言い、

肝心の被災地の方々、避難されている方々の支援はおろか、

復興対策すら見えてこない。

  

結局、頑張っているのは、

被災地の方々や、

支援活動の中核となっている自衛隊の方々、

ボランティア団体の方々である。

  

我が国の首相が、

「辞める」

と言ってから久しいが、

未だ何時ご辞退なさるのか、一向にめどが立っていない。

何だかんだと言い訳をして、居座りを続け、

「引き時を逸している」感は、誰の目にも明らかだ。

  

ある新聞記事を読んでいたら、

世の子供たちの皮肉も

だんだんと辛らつになってきたものだと

思わず苦笑いしてしまった。

以下に、その部分を引用させていただく。

  

産経ニュース from editor より

【官邸に蔓延する「一定のめど症候群」】

 「一定のめど」が学校の教育現場で盛んに使われているらしい、と教育産業関係者から聞いた。使うのは生徒だ。

 教師が生徒に、掃除をやるように、とか、教室の移動を速やかに、などと指示を出すと、「一定のめどがついたら」と返ってくるのだという。教師は「今すぐにやりなさい」、あるいは「一定のめどとはいつか」などと作業を促すという。やれやれである。

 菅直人首相がこの言葉を使って退陣を表明したのが6月2日。その後のしぶとさには目を覆う。

 その教育関係者は「子供は、学んでほしくないと思う事柄に限って素早く学ぶ」と苦笑する。そして、「お笑い番組の中に、子供に見せたくないなどとレッテルをはられているものがあるが、私にとっては、うそのつきかたやごまかし方、はぐらかし方が詰まった政治の報道番組や国会中継の方が子供に見せたくない番組にあたる」と真顔で言った。

(以下、省略)

  

ある意味、子供たちは、

よく時世を見ていると言ってよいだろう。

未来の日本を担うこの子供たちが、

その場で誰かさんのまねをして言うのであれば可愛いものだが、

かような大人を将来の見本としては困る。

  

日本人であるならば、

引き際は、潔くあって欲しいものだ。

…いや、異国の者から献金を受けているような人間は、

もはや日本人とは言えないから、

潔さを願うのは無理か?

  

  

  

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